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2017年8月11日 (金)

傲慢を手放すレポート2

私の傲慢のそもそもの始まりは幼少期にさかのぼります
母親から私はいつも存在否定をされていました
産まなきゃよかった早く死ねそう毎日何度も言われていました
母は母で育児やら、父との関係でストレスを抱えていたので仕方がないといったらそうです。他にストレスをぶつける相手がいなかったのでしょう。
でも、まだ3歳にもなるかならないかの私にはとても耐えきれないことでした

勿論、そんな環境で自分の存在意義を見つける事なんてできません。
だからと言って母の暴言が止まるわけでもありません。
幼い私は周りを見下すことで、なんとか自分の価値を見出そうとしました
そう、中二病になろうとしたのです(笑)
私は他の人達とは違う存在だから、皆が私をねたんでいじめてくるんだ。そうじゃなきゃ意味が解らない。私は特別な存在なんだ。
そうして、いじめられても、暴言を吐かれても
私はお前たちとは違う存在だからってひがむなよな!
そんな気持ちでやり過ごしていました

時はすぎ、実際に中学生になると、中二病がはずかしくなって、そんな自分が嫌で嫌で仕方がありませんでした。
そうして、傲慢になった自分を見つけるたびに自分を罵って、さげすんで、自分を嫌いになっていきました。

それは今も続いています。
どうしても手放せない自分の中の傲慢。
だからこそ、周りの人の傲慢さに過剰に反応してしまいます
あいつ傲慢になってる(笑)そうやって見下して、自分こそが傲慢になっているとまた気が付かされるのです。

そうして、成人すると、傲慢を手放すために自分にダメ出しをし過ぎて卑下になっていきました。
どうせ私なんかみたいなね

自信をもってと言われると、またあの傲慢が顔を出すのではないかといつもおびえていました。
それなのに、気を抜くと傲慢が顔を出します
見下されるのが嫌で、周りを見下してみたり、反省して卑下しすぎてまた周りに見下されて。

そんな風になるくらいなら、これを繰り返すくらいなら、と私は見下される方を選びました。
それはとても簡単なことです。
凄いっすね!
さすがっす!
偉いね!
これを言うだけ。
周りはすぐに舎弟認定をして、かわいがってはくれるけれど、あくまでも格下の存在としてでしか付き合ってくれませんでした。

だから、私がちょっとでも正論を言えば、思い上がってる、調子に乗ってる、歯向かった、裏切った、いい気になるな!と言いました。
まあ、格下に指摘されたらそうなりますよね

だから私は占い師になっても先生と呼ばないでほしいといいました。
スゴイネ、サスガダネ、エライネ
こういう言葉に私は耳を貸さないようにします
そういわれても、
出来るだけなんだよ、皆できるだよ、凄くもなんともないんだよ
そういいます。

調子に乗って、格下認定をしないように。
私が偉ぶったりしないように。
自分の言葉で自分を縛って戒めています
私は私を見下した人たちみたいになりたくないからです
そうして、周りの人にも同じことを言います
調子に乗ってあの人達みたいになってほしくないからです

そうして私はいつも、自分の中の傲慢と戦っていました。
元自分が傲慢なのを知っているからです
実るほど頭が下がる稲穂かな
そういう人の方がかっこいいでしょう?

傲慢を手放すコツというか、カギになる、そして唯一の方法を知っています
それは
感謝、謙虚、素直
この3つです

どんな人にも感謝さえすれば、謙虚にその人の言葉に耳を貸し、素直にありがとうが言えるのです
でも、見下している人に言われたらどうでしょう?
お前に言われたくない!ってなるんです
感謝の気持ちはどこかに消えてしまい、耳を貸すどころかシャットダウンです。残るのは怒りの感情です。

ここまでわかっていても、私には傲慢を手放すことができません。
頭で分かっていても、経験が大事って言うのはこういうことです
知識と体験が伴って初めて自分のものになるというのはこういうことです
知っているだけじゃダメなんです
体験して、体現できるようにならないと克服したとは言えないのです

だから私は努力して、失敗して、反省して、問題点を見つけて、また努力して、失敗して。。。。そうして何度も繰り返してきました
それでも私は克服できずにいました。
いや、今もですから過去形にしてはダメですね

長くなってしまったので、続きはまた今度にします。

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